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航空母艦の発着艦支援 ('04.2.22)

第二次大戦当時、アメリカ海軍では着艦信号士官の手旗信号により着艦機の誘導を行なっていたが、日本海軍では着艦誘導灯がすでに採用されていた。現在のアメリカ原子力空母に採用されている光学式着艦誘導装置の基礎ともなるべきものだが、その開発の流れは別流をなしていたともも言われる。原理は簡単なものだが効果は絶大なものがあった。構造は銃器の照準の基本原理の延長で、理想的な降下進入角度(グライドスロープ)にセットされた照星灯と照門灯を飛行甲板左側に装備し、着艦機のパイロットは照星灯と照門灯が見える位置関係で自機の進入角度が理想角度に乗っているか一目でわかる仕組みである。(図1,2参照)着艦時の自然風と母艦の速力、進路により、飛行甲板上の合成風力はその時々で変る。そのためグライドスロープもその時々で微調整する必要があり、照星灯と照門灯の位置関係も調整出来る様になっていた。

 

(図1)

 

(図2)

母艦への着艦は、二次大戦当時から最も危険な作業で有ったが、現代のジェット機は、機種によっては着艦進入速度が当時の航空機の2〜3倍(200〜300ノット)に達し、全長300mを超える「ミニッツ」級空母ですら着艦時には畳の上の「針」にしか見えない。現代のアメリカ原子力空母には、これに似た方式の光学式着艦誘導装置が装備されているが、これは光源からの光をフレンネルレンズに反射させて円錐状の光をグライドスロープに合わせて照射し、その中心には「ボール」が見えるようになっている。装置本体はジャイロ・スタビライザーを使って安定させた艦の砲撃管理システムのと連動したジンバル装置の上に据え付けられている。このジャイロ・スタビライザーは、大波のうねりや横揺れ、縦揺れに影響されることなく砲撃できる装置である。同じようにフレンネルレンズもこれらの動きに対して安定が保たれるようになっている。フレンネルレンズの後方には強力な光源が置かれ光の円錐は艦の後方に反射される。光の傾斜角は着艦機の飛ぶ適切なグライドスロープに都度調整さて照射される。着艦機のパイロットは機の左側に見えるフレンネルレンズの中の「ボール」をフレンネルレンズの中心に見えるように機を操縦すれば理想的なグライドスロープに乗ったまま着艦できる。機が高い場合は「ボール」は上にずれて見え、右によっている時は「ボール」も右によって見える。そして、一時期廃止されていた着艦信号士官も復活し、着艦甲板中心上にセットされたカメラの映像から着艦機の姿勢を判断、無線で着艦指示を行なう熟練のパイロットが着艦信号士官として配置された。斜め着艦甲板の採用により、アレスティングワイヤーをフック出来なかった機は着艦直後フルスロットルで再発艦出来るようになり、これらの組み合わせで、最も多かった着艦時の事故は激減することとなった。

 

 

現代の民間空港においても似たような装置が滑走路脇に設置されている。左右方向は指示できないが4つの異なった角度で照射されるライトが並んでいて、外側二つが光っていれば計器を見なくとも進入角度が正常とわかるようになっている。

日本海軍の空母では発艦時に風向を指示する為に飛行甲板の前縁近くに蒸気の噴出口と、甲板上に角度表示があり、発艦機のパイロットは、これにより風向きを確認して発艦時に進行方向を調整していた。

(図3)

アメリカ海軍は大戦初期からカタパルトを開発していて、商船改造空母の運用に絶大な効果を発揮した。日本は開発に着手をしていたものの終戦まで間に合わなかった。当時のカタパルトは油圧式で、現在の蒸気式に比べ1/3程度の推力しか出せなかったが、プロペラ機の運用に支障は無かった。

「斜め着艦甲板」「蒸気カタパルト」「光学式着艦支援装置」は共に、大戦後イギリスで考案され実用化、アメリカはライセンスを取得して改良を重ねていった。これらはアメリカ空母にとって「大革命」ともいえる運用上の効果をもたらし現在に至っている

 

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