主機の話('03.6.9)

私もそれほど詳しい訳では無いのですが、一時閉鎖直前にBBSにてご質問のあった「主機」について簡単に触れておこうと思います。

艦船の動力源は「じょうきせん、たったしはいでよるもねむれず」と詠われた維新時代のペリー来航以来、第二次大戦の間もその基本形は変わりません。簡単に言えば「蒸気機関」です。燃料が石炭から重油に代わったりしてますが、ボイラーでお湯を沸かしてその蒸気の力でタービンを回転させしてスクリューに伝える基本形はまったく同じです。一部の艦に大型ディーゼル機関が使われていますが、当時の大型ディーゼル機関はまだ安定性、信頼性に欠け、大出力を安定して要求される軍用水上艦に搭載するのは冒険に近いものがあったようです。各艦の本文中に出てくる「缶」とはボイラーのことで、「機」とはタービンのことです。ボイラーで湯を沸かしてその膨大な蒸気をタービンに送り回転させます。イメージできない方は、沸騰したヤカンの口に風車をあてて回転させているところを想像してみて下さい(笑)蒸気機関車でも基本は一緒ですが、あれはシリンダーに送った蒸気でピストンを往復させているところが違います。この「缶」を「原子炉」にすれば現在の「原子力船」になりますね、ペリー以来その基本形は変わっていないのです。

もっとも現在の多くの船はディーゼル機関を搭載しています。燃料の発熱エネルギーを一度蒸気に変えて、そのエネルギーをタービンに伝える・・これは大変「効率」の悪いやり方です。すべての「力=エネルギー」は、作用する「動輪」までの間にいくつもの工程を加えると、その都度「効率」の洗礼を受けます。内燃機関のディーゼル機関の「効率」に比べて、蒸気機関の「効率」は極端に悪いのです。これは、そのまま「燃費」に影響して、ディーゼル機関は蒸気機関に比べて「燃費」がいいのです。遠距離航行が必要な「通商破壊」を目的としたドイツ海軍が、積極的に大型ディーゼル機関に取り組んだのはこのためです。

お国柄とでも言いましょうか、戦時中にドイツで開発が進んでいた「もの」の多くは、終戦後各国(特にアメリカ、ソビエト)で実用化されたものが沢山有りますね。のんびり研究している場合じゃない戦時中でもなお、理想の技術を追い続けてついに「もの」にならず、結局は既存の技術の延長線上の「物量」に負けてしまったのは「消耗と補給」に対する条件の違いから、考え方が根本的に違う事に起因した一つの事例でしょう。

ここで、「シフト配置」がなぜ生存性に有効か説明しておきましょう。
初期の軍艦もスクリューに動力を伝えるシャフトの配置の関係で「機」を後に配置しているものが多くありました。

例えば2軸推進の場合

 

 

と配置するのが簡単ですね。

しかし、これでは機室、缶室のどちらかに魚雷または砲弾を受けるとたちまち動力源を失い、漂流してしてしまいます。それでは、艦の中心線上に壁を設けて片舷の被弾を反対側に及ぼさないようにしたらどうでしょう?これは実際に日本海軍の「古鷹」級で採用されて致命傷となった配置です。片舷に被弾して、被弾した室を閉鎖したらどうなりますか?左右の重量バランスが崩れて転覆しますね?戦闘艦は被弾した室を閉鎖し反対側の室も閉鎖して注水、左右バランスを取ることで転覆を防がなくてはならないのです。反対側に「機関」があったら・・・注水=漂流です。

戦闘艦、特に戦艦は「存在」していることで相手に対して警戒感を持たせ、それに対応して戦力を配備させることによって戦力を分散させることが出来れば、たとえ実際の戦闘に勝利しなくても充分に働いた事になります。戦略的、政治的戦力です。その意味ではドイツ戦艦「テルピッツ」がいい例ですね。ノルウェーに隠れていた「テルピッツ」の影におびえてイギリス海軍は多くの戦力を本国艦隊にとどめて他の戦線に展開することが出来ませんでした。まともに海戦を戦わなかった「テルピッツ」ですが、その存在が大きく戦況に影響したいい例です。その意味からも戦艦は「沈まない事」が一番の戦力なのです。小型艦にしても、修理にかかる費用、期間、と新造時のそれとでは比較になりません。
そういった意味から推進軸のアンバランスを覚悟の上で「シフト配置」が取られました。

 

 

これなら被弾しても動力源を失う事は少なくなりますね。
前の「缶室」と後の「機室」に被弾しても、後の「缶」で、前の「機」を駆動すればとりあえず出力半分でも航行できます。また、動力源は発電機も駆動しますので、これを失うと消火ポンプも動かず、砲塔も動かず、すべての活動が停止して沈没を待つだけとなってしまうのです。実際の推進軸はこんなにアンバランスに配置してあった訳では無いでしょうが、分かり易くするためにあえてこうしました。「軸」は駆動を受けるとトルクの反作用を発生します。

自動車のFF車(前輪駆動車)は、エンジン右側でミッション左側が一般的な配置です。これは、エンジンの回転がエンジンの前から見て右回転するのが一般的で、自動車が前進するにはこの配置が都合がいいからです。もし左にエンジンを配置すると・・・エンジンの回転を一度逆にしないと前進出来ませんね?余談ながら上の配置からFF車の駆動軸は左右非対称で、右が長くて左が短いのです。これだけで急加速急減速時にハンドルがどちらかに取られる「トルクステア」と呼ばれる現象が出ます。

こんな簡単な理屈を忘れて開発された自動車がありました。
某クレームなんとかで有名になってしまったM社の車で、フランスのジェット戦闘機に同じ名前の機体があった車(今はありませんが)の初代です。左にエンジンを配置したため、カウンターギヤで逆回転にしなくては前進できなくて、苦肉の策で「エコノミーシフト」と称した変速機を追加して「売り物」にしてしまいました。普通のトランスミッションのほかに、セカンドミッションを設けて4速シフトは8速シフトになっていました。元を正せばうっかり忘れていたのをごまかした・・・と私は今でも思っています。

話がそれましたね・・・戻しましょう。実際の艦船は缶機共に一軸あたり複数配置してあり、充分な出力を得るためと、巡航時の燃費を稼ぐために主タービンと巡航タービンを使い分けていて、複雑な配置になっていました。

 

 

想像した基本的なレイアウトですが、これなら一部の「機関室」に被弾しても二軸航行が可能になります。
(同調装置は無いのが普通の様です)
船体以外の艤装で一番重量のかさむ「機関」を軽くすることは当時の技術では大変な事でした。
「機関」を軽くすればそれだけ兵装に回せる。しかし、軽くすると言うことは小さくするということで出力が足りなくなる、軽量の高温高圧缶を採用すれば出力は足りても下部が軽くなって上部が重くなるから「復原性」に問題が出る・・・艦船設計者は、用兵側からの兵装、装甲に対する過度な要求と、条約により排水量が決まっているジレンマ、条約後も船体を大きくすればコストUP、生産性が落ちて数がそろわない、小さな船体はコスト、期間に有利だが沢山の兵装を積めば転覆しやくなる、兵装を少なくすれば戦力にならない等々、多くの難問のバランスを取って設計していたのです。

話があちらこちらに飛びましたが、この項はこれで終了です。

NFにもこの「機関」に対するアプローチがありますが、ダメージの概念が蓄積型で一撃で停船するような事はありませんね。実際にはスクリューに魚雷を一発受けると、他が健在でも航行が出来なくなることがありますし、事実 ドイツ戦艦ビスマルクは魚雷一本で行動の自由を奪われ撃沈の憂き目に会っています。

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